THE READING EXPERIENCE

他人のビジネスを擬似体験できる本こそ至高と信じ、そのような本を発掘・紹介するブログです。

「パーキンソン病の告白」ダイヤモンドダイニング松村厚久社長を描いた「熱狂宣言」/小松成美/書評、読書感想

ダイヤモンドダイニング、そしての創業社長・松村厚久氏とは

あのお店、ダイヤモンドダイニングだったんだ!?と思うレストラン、気づけばいくつもありました。外食業界には疎く、大変恥ずかしいことにこの会社の存在を本書で知ることとなりました。それも、とても強烈な方法で。本書は、「若年性パーキンソン病」を患いながらも決してあきらめない熱狂の最中、会社を上場させるに至った松村厚久氏を、3年かけて取材しまとめあげたノンフィクション。

熱狂宣言

熱狂宣言

 

 当ブログでは、「自己啓発本でもなく、教科書的でもない、他人の人生・ビジネスの疑似体験ができる本こそ、最高のビジネス書」と定義し、そのような本ばかりを読む私(BOOKUMA)による本の紹介を目指しておりますが、この本を取り上げぬわけにはいきません。

松村厚久氏の異端児っぷり、具体的な戦略や日夜の苦労とダイヤモンドダイニングの成長を描きながら、並行して描かれる病魔に苦しむ彼、誰にも告白できずに病気と戦う松村厚久氏が克明に描かれています。会社が波に乗った時の勢いは臨場感たっぷり、ベンチャー本はこうでなくちゃと思うと同時に、キリキリと心に痛む病気の描写、こんな熱量の仕事を病魔と闘いながら、誰にも告白できずに戦っていなのかと驚きも隠せない「ノンフィクション」に、読み始めたら読破間違いなしの良書です。

フード界のファンタジスタ

外食産業界における松村厚久の評判は、それは凄まじい。「フード界のファンタジスタ」「食とエンターテイメントを融合させた天才」「レストラン業界のタブーに挑み勝利した男」と絶賛される一方、特異な経営方針や出店計画の度重なる見直し、他にはない個性的なコンセプト主義を評して「異端児」「無計画経営者」「目立ちたがり屋」「ビッグマウス」と揶揄されることも少なくなかった。

多くの経営者とも交流が深く、愛されている松村氏、知らなかった自分の不勉強をが身にしみます。「100店舗100業態」を掲げ、病魔と闘いながら達成。その後、若年性パーキンソン病を自らの社員に告白し、小松氏の取材を経て本書の上梓に至ります。この「100店舗100業態」がとんでもなく凄いことなんだということは、本書のわかりやすい説明もあり、理解できました。

「100店舗100業態」とは

「業態とは、その店のコンセプト・スタイルのことです。和食なのか、洋食なのか、どんな内装で、どんなメニューなのか、それを『その店の業態』と呼びます。100個の違う店を作るという目標と達成がなぜ大きな注目を集めたのかと言えば、外食が店舗数を増やしていく通常のやり方とは真逆のものだったからですね。普通、レストランや居酒屋を運営する会社は売れ筋の店を開発し、それを増やしていきます。チェーン展開して同じ店を増やしていくわけです」
100店舗を作っている会社は多々あるが、一店舗一店舗すべて違う店で作った会社は1社もない。「なぜならば、面倒で、非効率で、人手も掛かり、コストもリスクも大きくなるからですよ。周りの人たちは『なんでこんな無駄なことをするんだ。流行っている店があれば、それをいくつも作れば簡単なのに』と言いましたよ。チェーン店なら内装工事も画一化でき、一店舗ごとにデザイナーを使う必要はありません。サービスやメニューも、使い回せば良いので、開発に掛ける時間も人も必要ありません。しかし、一店舗ずつ違えば、すべてに時間と人とお金を掛けなければなりません」

レジェンド級の偉業を成した過程にある、ベンチャー的な苦しみと喜び、松村氏の天才的な着想に熱意。ビジネス書としても学ぶ箇所が大変に多く、ひたすら本にマーカーを引くばかりでした。

圧倒的な成果を産んできたビジネスの進め方

ビジネスにおいて、自らがプロを自認する業務があると思いますが、研究をかかさずに自己をブラッシュアップしていますか。インプットしていますか。とても基本的なことだと思いますし、ともするとこの作業が楽しくて仕方がない人が「業界の天才」になっていくのかもしれません。

クリエイティブは目から

「道を歩いている時も『看板のロゴデザインに注意してください、他の店を訪れたら内装やメニュー、サービスを胸に刻んでください』と言います。その他、ミーティングの度に『映画をたくさん観てください、本を読んでください、そうできないなら、本屋やレンタルビデオ店でタイトルだけでもたくさん見てください』と言っていました。インプットした情報こそが新たな店のイメージやストーリーを作るための材料になるはずですから、と言って」

情報収集を欠かさない、そんな単純なことに思えますが、その質、量へのコミットは意外と誰もが出来ているわけではないのかもしれません。外食業界のみならず、金言になりますね。

社長は常々『クリエイティブは目から』を力説し、イメージをストックするために何十何百の店を訪れることを実践していました」

まるでスティーブ・ジョブズ

また取締役になる河内氏からは、松村氏においてこのようなレビューもあります。

「社長の特異性、それは、理系と文系と芸術系のハイブリッドであるということです。①数字に強い。②国語力がある(店名等を考える語彙のストックと良し悪しの判断)。③美的センス(ロゴデザインや、インテリアデザインのイメージ判断が際立っている)。外食経営者には、①のタイプは多く見られますが、②も、さらには③までも、三つが揃っている人は他に見たことがありません。元来の読書好き、活字好き、映画好きが店舗開発に役立っているのは間違いありません。そして、バブル時代に輝かしい内装のレストランやクラブを巡っていた、その経験からの感性の研鑽と蓄積。そして最後に『男は理系!』と息子に言い続けた社長のお父さんの教えで、大学を理工学部にし、学んだことも役立っているような気がします」

この「理系と文系の交差点にいる人間」という表現は、スティーブ・ジョブズがそうであったと自伝書で語られており、才能に嫉妬したもの。それがまさか、この本の中でもまた同じ表現に出会うとは。

基本的に人に任せるスタイルの松村氏の経営スタイルは、こんなところからも汲み取れます。ああ、私はこんなスタイル出来ていないな、もっと縛ってしまって社員の才能もやる気も引き出せていないかもしれない。

「パソコンを睨んで仕事をしていると、社長が私の後ろにスーッと来て、立っていました。その気配に驚き、パッと社長の顔を見ると、『どう?燃えてる?燃えてる?』とだけ言うんです。余計なことは一言も言わない。未熟でミスも多かった私の仕事に、注文も文句もありません。ただ、『燃えてる?』とだけ。どんなに寝不足でも、疲れていても、社長のその一言を聞くと、腹に力が入りました。私も余計なことは言わず『はい、燃えています』と答えていました」

流行るお店の発想法

外食業界に携わるものとしては、こんな一言も金言になるのでは。いや、外食業界のみならず、あらゆるビジネス創造におけるヒントになるかもしれない。先に安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生の記事をアップしていましたが、こちらの安田社長も、業界の常識を破った「逆張り意思決定」をしていたっけ。

「私は、その頃、オペレーション、流通から店を作るとつまらなくなってしまう、と考えていました。素晴らしいアイディアがあってそれを実践したいけれど、オペレーションに合わない、とか、こういうメニューを出したいけれど流通に合わない、とか、そんなふうに縛られたら、瞬く間に店がつまらなくなるんです。ダイヤモンドダイニングは、そうした発想を取り払いました。オペレーションと流通は全く考えなくて良い、と言い切りました。なので、焼酎を300種置いたり、銘柄豚を10種類置いたり、ベルギービールを70種類置いたりできたんです。コストが掛かったり、オペレーションに負担が掛かったり、在庫管理や運搬が面倒だったりするからと止めてしまえば、そうした店は永遠にできません。私は逆転の発想を社員に伝えました。『作った後に、オペレーション、流通を整えれば良いんだよ』と」

例えば、ということで六本木「わらやき屋」の事例もでてきます。ここも、ダイヤモンドダイニングとは知らずに何度か利用した店舗です。

六本木に「わらやき屋」という店を作るのである。
この店の一番の売りは、土佐料理の王道である「かつをのたたき」と藁焼きのパフォーマンスだ。本場・高知にもない、日本一と言っても過言ではない巨大な藁焼き場を店内に作り、藁に火をつけ、ダイナミックに火柱をあげ鰹を焼くという、昔ながらの調理法を客に見せた。

外食産業へ関心をもったきっかけが、サイゼリアだった

さて、なぜ松村氏が外食産業を志し、また情熱を注ぐことができたのか。本書にはその分析にもしっかりと分量が割かれており、見応え満点ですが、少し見てみると意外にも「サイゼリア」が出てきます。

100店舗100業態を達成し、外食産業の台風の目となった松村厚久は、どこからやってきたのか。なぜ、外食産業を生業とし、唯一無二のレストランを作ることを使命と言ってのけ、それをがむしゃらに成し遂げたのか。
私が松村にそう聞くと、彼はきっぱりと言った。「私の外食の原点。それはサイゼリヤです!
そして、外食の世界で最初に尊敬し、目指したのは当時のサイゼリヤの社長で今は会長の正垣泰彦さんでした」
サイゼリヤから始まったレストランへの憧れは、松村に長いワインディングロードを歩ませることになる。「本当に人生、何が起こるか分かりません。もしサイゼリヤに出会っていなければ、ダイヤモンドダイニングも、100店舗100業態もあり得なかったと思います」

才能が開花する出会いには嫉妬してしまいます。

松村氏を襲う苦悩、悪夢

ノンフィクションのビジネス書の醍醐味は、他人の「苦労」も疑似体験できることですよね。吐き気のするような絶望的キャッシュフロー、全身を焦がすような資金繰りなんて、本の中だけにして~って思ってしまう。しかし絶望の淵から挽回する様子を見ては、勇気が与えられるものです。

決して順調ではなかったダイヤモンドダイニングの創業期からの「苦労」をいくつかピックアップします。

スタッフとの衝突や人間の引き起こす問題

オープン直前、事件が起こる。シェフが失踪したのだ。久保がその顛末を語る。「社長と社長が見込んだシェフとが必死でメニューを開発し、実際に作り、ようやく完成したと思ったグランドオープン2週間前、そのシェフが突然『できない』と言い残し消えてしまうんです。」
松村の100店舗100業態への挑戦は、変わらず続いていた。ところが、この夢に向かう最中、社内に軋轢が生まれるという思わぬ事態が起こる。
松村と河内が街を歩けば新しい店ができる。あまりの忙しさに河内の仕事が社内で疎まれるまでになっていた。

私も経営者の端くれですが、人の問題がもういやだ。こんなことが起きるって考えただけでも、新しいビジネスを興す気が失せますね。でもこれがTHE 経営って感じですかね。リアルですね。

銀行とのバトル、キャッシュフロー

松村を待っていたのは、貸し付け停止の宣告。松村は銀行の応接室で交わされたこの時の会話を今も一言一句忘れない。「社長、すみません」「何が、すみません、ですか?」「実は、ダイヤモンドダイニングさんの企業評価がAからBに落ちまして……、残念ですが融資はできなくなりました」

銀行との取引も、出来ればやりたくないのだが、ダイヤモンドダイニングも銀行とのやり取りには辛酸を嘗めさせられていたよう。その後、資金調達に成功し、銀行に一括返済を叩きつける様も描かれており、気分もスッキリしました。

給与に関する立派な信念も描かれています。

「どんなことがあっても、従業員の給料を遅らせるわけにはいきません。当時、経理は私の仕事でした。給料日の前日、すべての店を回ってレジや金庫にある現金を全部集めました。札だけじゃなく小銭までも。最後は私の財布と妻の財布のお金を取り出します。従業員の口座に給料を振り込むと、一銭も残らない月が一年のうちに何ヶ月もありました」

東日本大震災

東日本大震災では大ダメージを蒙ります。まだこの時、誰にも病気を明かしていない段階ですから、人知れず時を刻むタイムリミットの中、「店舗の撤退」の意思決定をする様は、心臓が握りつぶされそうな感覚にもなります。

震災の影響は数年にわたって続いた。ダイヤモンドダイニングは、2011年から2013年の間に、22店舗の不採算店舗を閉めることになり、最大109店舗にまで増えていた店は、75店舗にまで減っていた。
松村はこの時期こそが、ダイヤモンドダイニングにとってのターニングポイントだと感じている。「今後、ダイヤモンドダイニングが50年、100年と続いていく中で、この試練の時期が、クローズアップされることは間違いないと思います。事業というものの脆さを教えられ、逆風を乗り越えるための胆力と、今に見ていろという気勢を自らに与えたのが、この時期でした」

若年性パーキンソン病の告白

さて本書では、教科書では得られないリアルな経営の実態を垣間見、トンデモ戦略にビジネスアイデアのヒントさえ得られるなか、それらが若年性パーキンソン病との戦いの中にあった、という壮絶な時系列になるわけです。

「私は……若年性パーキンソン病です」
カウンターに置かれた手を拳にしてぎゅっと握ると、声が震え出した。「告知を受けてから8年ほどになります。ご存じの通り、パーキンソン病は原因不明の難病で、完治のための治療法も、現在のところはありません」
表情がわずかに歪むと、両の瞳から涙が溢れ出した。思わず目の前のおしぼりを取って涙を拭い、目の縁を赤くしてこちらを見たその人は、静かに深く頭を下げた。「これまで、ずっと病気のことを黙っていてすみませんでした。何度も言おうと思いましたが、社員にも、友達にも話していないことを告げて、ご迷惑を掛けては……と、そう思っていました」

隠し通せないほど症状が進行していた

病院の診断によると、5年の猶予の後に症状が如実に現れるとのこと。実際には6年目から8年目にかけて症状が進行し、株主にも取引先にも「おたくの社長は酔っ払っているのか?」等と責められる度、秘書や側近のスタッフがフォローをしていたという。想像を絶するシチュエーションに、読後感を言い当てる表現がなかなか見つからないものです。

「私が病気を公言し認めれば、周囲には心配と負担を掛けますし、また症状についての説明を、常に求められると思いました。ところが、この病気を解説し、症状を説明するのは本当に難しいんです。薬が作用して体調が良い時もありますし、ジスキネジアといって自分自身ではどうすることもできないほど震えや不規則な動きが出て、歩くことも立っていることも、座っていることも難しいことがあります」
「パーキンソン病は、身体の異常が一目で分かります。話し方も変わり、人相も違って見えます。人はこうした変化を、脳にも起こっていると考えるんですよ。脳の機能は何ひとつ失われていません。『オフ』と言って、多動の後に身体が人形のようになって動かなくなることがありますが、そんな時でさえ、思考は完璧に働いています。むしろ、集中力は増しているかもしれません」

自問自答

「……絶望ですか。そうですね、苦悩はありますが、絶望はなかったですよ」
彼は自らの心の動きを繊細に覚えている。「もちろん、酷い落ち込みはありました。この病気の残酷さは、見た目の酷さです。じっとしていることができず、さらに反動で硬直した体では寝返りを打つこともままならない。日常生活を送るだけで背中や腰には激痛が走るようになります。だんだん痛みにも慣れていきますが、手足が揺れ続けている時間、その反対に動けない時間、繰り返し自分に訪れた運命を思うんですよ。なぜ、自分なんだ、と……。なぜ自分がこの病気に選ばれてしまったのか、と……」

支えてきた社員のリアクション

本の出版に際し、幻冬舎の見城徹が立ち会い、一連のカミングアウトを受けた際には、同席している社員へのリアクションも描かれています。私的にはこの辺が、胸にこう、ぐっときたところです。

「君たち、それで大丈夫だったのか?」
河内が短く答える。「病名を聞いたのは今日が初めてですが……はい、大丈夫でした。病状が進んでも松村は松村のままでしたので」
堀も、黙ったまま大きく頷いている。
見城は、声を震わせていた。「何も聞かず黙ったまま、変わっていく松村を支えてきたのか……」
頷く二人を見ていた松村は、震える手で目頭を押さえた。「私以上に、社員が大変な思いをしてきました。でも、一度も不平不満を言わず、仕事を続けてくれました」「松村、素晴らしい社員に囲まれているな。良い会社を作ったな」

本書では上記の部分は冒頭に出てきます。「自分は、そんないい会社は作れていないな。」と、社員の信を集め支えを得る松村氏の人格を知り、同時に、少しでもヒントを貰い自己に役立てられる部分はないかと、本書を読み進めるエンジンにもなる箇所でした。

診断されたことをきっかけに「100店舗100業態」を掲げる

さて、才能に溢れる松村氏が、なぜ「100店舗100業態」を掲げるに至ったのか。病気があったから今日の成功があったのでは、とも、少し思わせる部分があります。

「慈恵医大で医師の診断結果を聞きながら思っていたことは、5年という時間でした。5年は進行を遅らせることも、また薬の効果を期待することもできる。説明に耳を傾けながら、自分にはまだ5年もの時間があるじゃないか、と考えたんです。末期癌のように数ヶ月単位で体の状況が深刻に変化するならパニックにもなったかもしれません。しかし、5年ならば、目標の多くを達成するに足る時間だと思えました。

自分に明確なタイムリミットを設けて仕事をしていますか。四半期の目標があり、日を追って仕事をしていても、命がかかっている松村氏に比べたら、大したことないんじゃないかな自分、と思えてしまうのです。

松村氏は5年というタイムリミットをもって、具体的なビジョンを掲げ会社の行き先を定めるのでした。

松村は、まず5年間の前半に、会社を上場させようと考えた。「単なるベンチャーのオーナー企業から、株式を有し時価総額をもって会社の価値を語れる存在になるんだ、と。上場すれば、社員が銀行で住宅ローンを組めるようにもなります。ダイヤモンドダイニングに入り働いてくれる社員たちに、できることのひとつは、それだと心に決めました」
続いて5年以内に「100店舗100業態」の達成を掲げた。つまり「1店舗1業態」を売りにしたコンセプト・レストランを100店舗作るということだ。新店舗を開拓していくごとに斬新なアイディアを打ち出すことを続けていかなくてはならず、チェーン店が常識の外食産業では、荒唐無稽とも絶対不可能とも言われる方針だった。

熱狂宣言

絶対に負けない、そう胸に誓い、自分と戦い続ける。世に問い、証明し続ける。そんな熱い仕事ができているか。本書を作品として楽しむことだけでも、数回読んだだけで味わい尽くせない深みや発見があるのに、さらになんだかハートに火が付くような。

「熱狂こそ、生きる証し。熱狂こそ、試練への答え。俺は何が起きようと屈しない。体の自由を奪われようとも、このクリアな思考回路がある限り、絶対に負けない」
松村の声にならない声は、強さを増した。「俺は誓う。自分が存在する限り、たとえ何が起ころうとも、屈しない。必ず、熱狂を起こし続ける!」
静寂の夜明けにたった一人で行う「熱狂宣言」。それは、松村にとって命と向き合った神聖な一刻でもあった。

自分は何を賭けて熱狂していこうかな。ひたすら自分を褒める自伝本とは違い、この本の出版自体にも彼の人生を進める役目があるからこそ、心が揺さぶられる読書体験を得ることができます。この「THE READING EXPERIENCE」が一人でも多くの人に共感してもらえるといいな。

 

熱狂宣言

熱狂宣言