THE READING EXPERIENCE

他人のビジネスを擬似体験できる本こそ至高と信じ、そのような本を発掘・紹介するブログです。

安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生(書評/レビュー)

「自己啓発本でもなく、教科書でもないビジネス書」すなわちノンフィクション的な自伝、身を焦がすリアルな体験が味わえる本を好む私にとって、 【安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生】はまた手に取らざるを得ない良書と言えます。

全くの経験ゼロ、たった一代で年商3000億円、東証一部上場企業を創りあげた安田氏がその破天荒な人生を振り返る自伝本。「三越伊勢丹超えの衝撃」「26期連続増益」とも言われるドン・キホーテの裏側を知ることもできる本書。

ビジネス書好きにとって面白くないわけがありません。

安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生 (文春新書)

安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生 (文春新書)

 

自伝なので多少の自己肯定は当然の中、 29歳までギャンブルで生計を立てていたという話は、なにやら勇気を与えてくれます。

起業を志した理由は、高尚なものでなくてOK

起業をする時、「ビジョナリー・カンパニー」「孫正義本」などをよく読む人にありがちなのが(私もそうだったのが)なにやら大志を抱かなければいけないのではないか、という錯覚があります。

その大志とビジネス的なポイントが一致しているほど、人はきっと着いて来るし、そうでなくてはならないのではないかと。もちろん、そのほうが良いケースもたくさんあるのだと思いますが、ドン・キホーテにおいては違ったということ。

見かけによらず傷つきやすい私は、周囲の華やかな慶応ボーイたちを見て、「ああ、こいつらいいな」と心底羨み、歯軋りし、やっかんだ。同時に、「サラリーマンになったら、オレは永久にこいつらには勝てないだろうな」とも思った。
だが、めっぽう負けず嫌いの私は、その現実を受け入れられない。「どんなことになっても、こいつらの下で働く人間にだけは、絶対になりたくない。ならば自分で起業するしかない。ビッグな経営者になって、いつか見返してやろう」 そう固く心に誓ったのである。この決して高尚とは言えない、ごくごく私的な情念と決意が、私のビジネス人生における原点だ。「えっ、起業を志した理由は、たったそれだけですか?」と、よく人に聞かれるのだが、これがすべてなのだから「そうです」としか答えようがない。

さらには、29歳まで麻雀をして暮らしていたというのだから、「なんだか早咲きでないと成功でない」といった雰囲気も漂う中、幾ばくかの勇気も与えられるものです。また、ドン・キホーテを語るに欠かせず、本書でも度々出てくるのが「ナイトマーケット」の存在。1990年頃から、コンビニとドン・キホーテだけが圧倒的な成長をすることができたわけだが、腐らずに考えぬいて自分の感性を信じた(本書では「知識も経験もないから自分のみを信じるほかなかった」)からこそとも言えるのでは。

その頃の私のライフスタイルは、徹夜麻雀をして朝帰りし、夕方にまたゴソゴソ起き出して雀荘に出かけていくという、自堕落を絵に描いたような毎日だった。
もっとも、当時のそんな体験が、のちにドンキの仕事で大いに役立つことになる。
うらぶれた気持ちで夜の繁華街をあてどなくさ迷いながら歩いた経験から、私には夜の街を漂流する若者たちの気持ちが痛いほど良くわかる。深夜市場の開拓や、ひとりで夜の街を徘徊する人々の心の襞に触れるドンキ流マーケティングを確立できたのは、当時の体験あってこそだ

このような体験から、政策的な提言もいくつか行われていて、気になったのはこちら。

ところで、夜の経済と不可分な要素が「祭り」だ。古今東西、電気のない時代から、祭りは夜にやるものと相場が決まっている。夜祭りはあっても朝祭りなどというのは聞いたことがない。夜は非日常感と自由度が高まり、ストレスの発散度も高くなる。だから消費にも直結しやすい。ドンキの社員なら、体でそういうことを理解しているだろう。
だから自治体なども、どんどん祭りを開催すればよい。縁日の屋台なども排除せず、あえて猥雑感のある夜祭りを盛り上げれば、周辺商店や飲食店の売上も増え、また男女の出会いとその交際需要等も喚起されるから、それによる関連(?)消費がさらに増え、最終的には少子高齢化の解決にもつながるかもしれない。そうなればまさに一石が二鳥にも三鳥にもなろう。
いずれにせよ、今の若者は祭りに飢えているのではないか。たとえば、本来西洋の祭りであるはずのハロウィンの、近年のわが国における、あの異様な盛り上がりぶりは、いったい何なのだろう。おかげで当社も、大いにハロウィン効果を享受させてもらっているが、結局、あのハロウィン現象は、祭りへの飢餓感のあらわれと私は理解している。

独自の小売・流通業・経営のノウハウを蓄積していくドン・キホーテ

ノンフィクション・ビジネス書を読むと、よく見かけるキーワードはやはりあって、成功に欠かせない本質なのだと発見があります。本書でもやはりでてきました。

「お客様の声」を聞く

今でも私は、小売業にとって最良の教師はお客さまであり、現場は最高の教室だと確信している。それを唯一の拠り所に、私は自らの素人商法を決して曲げず、自分なりに進化させていった

権限委譲をする

そうこうするうちに、彼らはいつの間にか圧縮陳列と独自の仕入術を会得していった。結果的に私は、「泥棒市場」時代の自分と同じ環境に彼らを追い込み、そこでの原体験を疑似共有させたことになる。要は自ら考え、判断し、行動する「体験環境」を用意してやれば、従業員たちに〝頭脳と創造性〟がひとりでに育ってくるのである。
それまでの怠け者たち(失礼!!)が一変して、勤勉かつ猛烈な働き者集団と化したのには、もう一つ理由がある。
権限委譲によって、仕事が労働(ワーク)ではなく、競争(ゲーム)に変わったからだ。社員同士で競いあいながら、面白がって仕事をするようになれば、以心伝心でお客さまもそれを面白がり、店は一気に熱気と賑わいに包まれて行く

権限委譲のルールを定める

・明確な勝敗基準(勝ち負けがはっきりしないゲームはゲームではない)
・タイムリミット(必ず一定の時間内に終わらなければそもそもゲームにならない)
・最小限のルール(ルールが多くて複雑なゲームは分かりにくくて面白くない)
・大幅な自由裁量権(周りから口を出されるゲームほどヤル気が失せるものはない)

流れが悪いと思ったら、責めずに守る

まじめで能力と才能にも恵まれているのに、なぜかビジネスでうまくいかない人がいる。そんな人は、私に言わせると、「見」ができていない。つねに全力疾走でいると、危険を知らせる微妙な変化にも気づかないのだ。彼らは一生懸命であるあまり、自分の墓穴を掘るにも一生懸命になってしまう。

ドン・キホーテをビジョナリー・カンパニーにする

最初は個人的な成功を賭けて邁進したドン・キホーテ事業ですが、安田氏がドン・キホーテを永久の企業へと、公的な存在として進化させようと思った頃・名誉欲や金銭欲が満たされ視野が広がったのは「50歳頃」だと。この頃、売上1000億円、東証一部上場企業へと歩を進んでいます。

人生をかけて苦闘の末に築いたドン・キホーテという組織を、私の死後も未来永劫繁栄させるにはどうしたらいいのか? その一方では、安田隆夫という個の欲求をどうすべきか?……この二つの思いがつねに私の中に同居して拮抗し、ある時は前者、またある時は後者という具合に気持ちが揺れ、その振幅の大きさに密かに葛藤していたのである。
もっと正直にいうと、当時の私の〝個の欲求〟とは、もっとお金を儲けたい、もっと自分を認めてもらいたいという、いかにも俗なものであった。私は俗な欲求と羨望、嫉妬にまみれた人間だ。しかし、この俗っぽい欲求、すなわち金銭欲と名誉欲が原動力となってドン・キホーテが生まれ成長したこともまた、厳然たる事実だ。

私が本書を読んで「びっくり」したのは、この部分でした。

ドン・キホーテが後世、ビジョナリーカンパニーとして社会に認知されるのであれば、私はもう現世で何もいらない。少なくとも俗な個人的欲求など思い切りよく捨て去ろう。『ビジョナリーカンパニー』という書物は、そう教えてくれたのである。

ドン・キホーテ創業者がビジョナリーカンパニーを読んで意思決定をしていたとは。本書では特に安田氏が読書家であることは描かれてなく、自分の経験を元に直感を信じるタイプだろうと思っていたのですが、ここでビジョナリー・カンパニーが登場。ビジョナリー・カンパニーといえば、読んだ気になってわかったつもりになっている人が多いのでは、とも思うやや高度な書籍という印象があるのですが、経営する場面場面で本棚から引っ張りだしてくるのもいいな、と思った次第です。

ドン・キホーテが実践してきた「逆張り」戦略

いくつか特徴的なキーワードが散見され、ドン・キホーテの経営の「イズム」を感じることができる本書ですが、最後に「逆張り」戦略を紹介します。

大手チェーンとの勝負を意識

既成の業界常識やシステムに則ったやり方をしている限り、やがて資本と情報力に勝る大資本に喰われる。これは生き馬の目を抜く現代ビジネス社会の掟であり必然だ。
小売業で言えば、どんなに個性的な繁盛店を作っても、その本質が既存業態の延長であれば、成功ノウハウはすぐ盗まれる。その上で同じ商圏に大手チェーン資本が進出してくれば、個店はひとたまりもない。

「業界常識とは「勝利者の論理」であって、「勝利のための論理」ではない。」

では「業界常識」とは何か。それは先発企業の膨大な成功実績にほかならない。そして先発企業には、巨大な資本と人材、圧倒的なシステムとノウハウの蓄積がある。
業界常識に従うとは、そうした先発企業と同じ土俵、同じルールで戦うことを意味する。言い換えれば、業界常識とは「勝利者の論理」であって、「勝利のための論理」ではない。だから、後発企業が先発企業のマネをしても絶対に勝てない。

ビジネスのヒントになる「疑似体験」はありましたでしょうか。顧客としてドン・キホーテによくお世話になってきた私の半生を振り返っても、「ああ、よくお金を落としてきたな」と思います。読みやすい文体に没入感も得られる本書、ぜひ手にとってください。Kindle版もあります。

安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生 (文春新書)

安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生 (文春新書)

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