「30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由」エスグラント杉本 宏之氏/読書感想・書評
倒産の憂き目とは、どのような壮絶体験なのだろうか。
本書「30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由」は、ワンルームマンションのイノベーションで市場を席巻した最年少上場男のエスグラント・杉本 宏之氏の自伝本。
30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由
- 作者: 杉本宏之
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2014/07/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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当ブログでは、読書によって得られる他人の人生の疑似体験=「THE READING EXPERIENCE」の視点から、書籍をレビューしています。そのようなエクスペリエンスこそが、自己啓発本や教科書的なビジネス書よりも、得るものがあるのではなかろうかと。そんなアプローチをしながら、私の読書ライフをゆっくりアウトプットできればと。そんなブログです。
ところが、ここでとんでもないエクスペリエンスと出会ってしまったわけです。100億円単位の借金を背負ったことあります?債権者から怒鳴られたことあります?
私自身は零細企業の経営者で、なんかいろいろ聞く銀行の始末などを鑑みて「無借金経営」に徹しております。すなわちリスクを負っていないだけの小心者なので、では本のなかだけも疑似体験してみようと本書を手に取るや、ですよ。
栄光も苦悩も、自身の言葉で克明に綴られており、大変に興味深い読書体験となったわけです。本書は杉本氏の生い立ちから復活までを描いておりますが、「栄光」「地獄」にフォーカスして、ご紹介。
身を起こす杉本氏
いつも経営者の自伝本を読むときは、「なぜこの人は起業を決意したのか?」「いつ頃から才覚を現していたのか?」ということをチェックしています。元ペイパルのイーロン・マスク氏は12歳の時にはゲームを自作していたり、ドン・キホーテの安田氏は29歳まで麻雀をして暮らしていたり。そこにも、本に没入できるポイントが隠されていたりするものです。
育ちは「貧乏」「川崎のワルガキ」から、父との家庭内事件をもとに立身を決意。仕事バリバリ系の青年期から、起業を志すきっかけは9.11同時多発テロだったとのこと。22歳にして年収2000万円って。当時の不動産の活況は知らないし、本人も相当頑張ったと思うけど、センスもあったんだろうなー。
起業してすぐ、倒産の危機
社長としての幾多の経験は、25歳の頃の倒産の危機からはじまり、1期目の7億円から、2期目は21億円へ、3倍の売上げに到達した頃から研ぎ澄まされていくよう。
本を読み、人と会う
この後、最盛期に年商377億まで到達している男の源流として、さらには、この頃の努力がいわば下積み的に「才能を自覚する時期」として一役買っていたのではと印象深い箇所があります。
私は本は読むけど、いつの間にか人と会うことはそこまでやらなくなったな。。そもそもの視点と水準が違うので、比較にもなってはいないと思うけど。しかし、デキると思わせる社長はやっぱり「酒をのめ、本を読め」とか「人と会え」とかそういう事をいうので、ビジネス書でよく見かける”あっ同じこと言ってるのまた見かけた”現象として記憶していくのであります。
不動産業界では最短・最年少上場し、栄光へ。
上場し、ここから周りの環境が激減していくこととなります。ここ、エクスペリエンス・ポイントです。自分の車に運転手が付く生活ですよ。秘書は付けるでしょうけど、運転手って今でもそうなのかな?まぁ会社によるのかな。いずれにしても28歳で運転手付きになるって相当な経験では。
業績も順調なようです。
順調な業績と裏腹に、徐々に行動面での疑問、または攻め過ぎではないかという心配をさせる意思決定などが本書では目に付きはじめ、よくいえば「勢い」が、悪く言えば「違和感」を覚え始めるのがこの頃。
でも、まあまあ。この辺までは分からないでもない、というか。
凄まじい忘年会に、派手な生活
従業員も、最高のステージ・最高のシチュエーションで表彰されることが最大のモチベーションにもなっていたよう。ド派手な忘年会で勝利の酒を味わい、踊り、会社の永久の成長を信じる。とても象徴的なイベントだったようです。この忘年会は、後程、凄まじい地獄も描かれるので、対比すると痺れます。本書の面白さが凝縮しています。
何のために経営をしているのか、結局金でしょ、といわれても仕方のない派手な生活。有頂天なのか、または散財し飲み歩かなければ精神が保てないほど、仕事自体は潜在的にストレスのあるものだったのか。とにもかくにも、羨望の眼差しで見られるべき羨ましい日々でもある。我が世の春を謳歌し、全能感に包まれ、尊敬を集める日々は、さぞかし貴重な経験だったのでは、とも思うわけです。
さて、ここまでで栄光パート。上場し、なおも業績絶好調な中、高級ブランド尽くし、飲み会尽くし。よくここまで書いてくれたな、と思うほど描かれており、続きは、本書を手にとってその全貌をぜひご覧いただきたいところ。
地獄の始まり。サブプライム問題
私、その時学生でしたので、あまりリーマン・ショックまわりの知識に詳しくなくて。何が何故起きたのかはぼんやりと理解しているけど、日を追って当時を振り返ることはありませんでした。
で、勘違いしてたのが、リーマン・ショックってある日突然起こったことだと思ってたんですよね。実際は異なっていて。サブプライム危機が1年位ずーっと起きてて、ある日突然全てが壊れたのではなく、1年かけて実はじわじわと全部壊れてた感じ。真綿で首を絞められるような感覚だったでしょう。
いやマジ地獄のはじまりですね。
サブプライム危機の先頭バッターはアメリカ・ニューセンチュリーフィナンシャル社の経営破綻だったようですが、日本でのリアクションはこんな感じ。
次第に広がっていく中、いずれ不動産価格は反発するだろうと睨み、物件の仕入れを欠かさなかったエスグラント。例によって私の小さな経験で比較をすると、下がり続ける株を切れずに大損失を出したことはありますが、いずれ下げ止めるであろうという判断、当時は出来なかったのは致し方無いことなのだろうか。というかFRBのバーナンキ議長もわかっていなかったようですからね。
ついに破綻のはじまり
この時の心情は全部引用したいくらい、リアルな状態が日に日に描かれています。
私も、円ドル80円から120円にかけての時代、クレジットカードで仕入れた海外ブランド品の販売をしていたことはありますが、マーケットの動きは読めない。読まなきゃいけないし、多少の想定外と言われる変動でも耐えられるように設計をしないといけない、といわれればそれまで。私はそのビジネスは売却しました。円ドル110円くらいの時に売ったから、ババ抜きには一応勝ったし、銀行取引もなかったから良かった。とはいえ、あれだけでもなかなかの地獄のものだし、業績が伸びている(はず)なのにお金が増えてるのかなんなのかもわからなかったことがあります。
杉本氏には、私とは規模も水準も違う利害関係者がいて、大切な仲間もたくさんいたことと想いますが、読んでるだけでもハードな日々です。
いよいよ窮地に
離婚も経験
いや、娘との別れはつらすぎるな・・・いま、会わせてもらってるんでしょうか。ビジネス的な面とかを考慮し、例えば嫁に負債を背負わせないために離婚のような法的判断をすること、これは経営者なら万一に備えて考えたことはなかろうかと。さらに甘かったのは、そういう判断をしてもきっと変わらず暮らしていくんじゃないかともどこか妄想内では片付いていたわけで。これを見ると、決してそうでもないよう。特段、娘と会えない、これはちょっと私も想像できないというか、しんどいですね。「そのような事が起きないよう、がんばろう」そう思い直した一文でもあります。とんでもないエクスペリエンスですね。
リーマン・ショックの発生
リーマン・ショックの前に、エスグラントは身売りし、ユニマットグループとして経営を建て直していたところ。その後にリーマン・ショックでとどめを刺された形で、一気に破綻の道を進んでいくわけです。
私にも一応、資金繰りに窮して人を当たったり、それでも給与は絶対払わなくてはと財布をすっからかんにしたこともありますが、そんな想い出と重ねて読むにつれ、吐き気されしてくるパートです。なんでこんな想いをしながら本を読まなくっちゃいけないんでしょうか。特に栄光パートとの比較をしちゃうとね。いやぁ、素晴らしい読書体験です。
地獄の日々
先ほどの「離婚」もそうとうな地獄でしょうけども。支払いの督促に、返済リスケジュールの打ち合わせなんてマジ地獄なんですが、これがまだまだ地獄の始まりで、底が見えないのがまた当時の金融情勢の底なし加減を表していますでしょうか。
ここで定番アイテム「ガラスの灰皿」が出てきますが、ここでは自分の側にさりげなく寄せることで、回避。よかった。結局その後、別の人に「ガラスの灰皿」投げられるんですけどね。。結局、投げつけられるんかいっみたいな。本書では、もうそんな人達が何人でてくるんですかってくらい、必至に資金回収に望む人物や、死に体の会社から少しでも旨味を吸い取ろうと近寄ってくるハゲタカ・ヤクザまで、魑魅魍魎な様相。本を見るとまだこの辺で半分過ぎたくらいですから、えっ、どんだけ地獄続くんですか、と冷や汗も。
役員を切り刻んでいく
ここで、創業メンバーの役員までを切り刻んでいきます。ここで切られる役員は、その後の動向で言えばそのほうがよかったわけで、いろいろと案じます。
地獄の忘年会
栄光パートでは、麻布十番貸し切りで豪華なゲスト、権威ある表彰式だった忘年会。渋谷の安い箱を借りて実施した忘年会では、「社員が次々に表彰状を丸めて床に投げつけている」なんて、これヤバすぎませんか。
いたたまれなくて、その場にいれないと思うのですが。
ストレスで髪の毛が抜けた記憶はないな・・・私もまだまだあまちゃんなのでしょうか。シャワールームでむせび泣いたことも無いし、タイル張りに殴りかかって白いタオルを鮮血で染めたこともないな。
人が本当に追い込まれて、一人で抱えているとき、どうなるのか。自分の光栄だけを残す晩年の自伝書ではありえない部分まで照らされており、どのシーンも、移動中、風呂、睡眠前と私の脳裏に思い出されるのです。
民事再生
そして民事再生を申請。会社を民事再生したことはありますか?当日どんな感じになるのか、知ってますか?場合によりけりとは想いますが、こんな感じだそうです。
まだ会社の再起の可能性が1%でもあるならと。誠実に全てを片付けようと。最後は銀行にとどめを刺され、民事再生を選択する杉本氏。
杉本氏本人は、自己破産
民事再生はおろか、自己破産エクスペリエンスなんて、したことないのでわからないのですが、債権者の罵声はこのようなバリエーションになってくるのですね。
さらには、きっと味方と思っていた弁護士からも突きつけられる辛辣なメッセージ、上から目線、敵視、蔑む目線というのは、またしんどかったのではなかろうかと。というか当番弁護士で自己破産する人は、こんな感じになっちゃうんですね。(当番弁護士以外で自己破産というのもなかろうが。。)
栄光と地獄を刮目し、ビジネスの活力にしよう
杉本氏の栄光と地獄を、一面しか切り取っていないので、彼の努力や誠実さ、著名な経営者から可愛がられた人柄など、十分に描ききれていません。しかし、たった1620円の本書でジェットコースターのようなビジネス体験を得ることができるのだから、なんともコストパフォーマンの良いこと。
どんよりと暗い部分の多い描写を見ながら、そしてちゃっかり疑似体験を楽しみながらも、自分の中でなにかストンと落ちて、ああビジネス頑張ろうかな。そう思わせてくれます。ここまで記事を読んでいただいた方がいましたら、「THE READING EXPERIENCE」の視点が広まるといいなと思っています。
「30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由」というタイトルにあるように、その理由についてはぜひ本書を手にとってください。
30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由
- 作者: 杉本宏之
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「パーキンソン病の告白」ダイヤモンドダイニング松村厚久社長を描いた「熱狂宣言」/小松成美/書評、読書感想
ダイヤモンドダイニング、そしての創業社長・松村厚久氏とは
あのお店、ダイヤモンドダイニングだったんだ!?と思うレストラン、気づけばいくつもありました。外食業界には疎く、大変恥ずかしいことにこの会社の存在を本書で知ることとなりました。それも、とても強烈な方法で。本書は、「若年性パーキンソン病」を患いながらも決してあきらめない熱狂の最中、会社を上場させるに至った松村厚久氏を、3年かけて取材しまとめあげたノンフィクション。
当ブログでは、「自己啓発本でもなく、教科書的でもない、他人の人生・ビジネスの疑似体験ができる本こそ、最高のビジネス書」と定義し、そのような本ばかりを読む私(BOOKUMA)による本の紹介を目指しておりますが、この本を取り上げぬわけにはいきません。
松村厚久氏の異端児っぷり、具体的な戦略や日夜の苦労とダイヤモンドダイニングの成長を描きながら、並行して描かれる病魔に苦しむ彼、誰にも告白できずに病気と戦う松村厚久氏が克明に描かれています。会社が波に乗った時の勢いは臨場感たっぷり、ベンチャー本はこうでなくちゃと思うと同時に、キリキリと心に痛む病気の描写、こんな熱量の仕事を病魔と闘いながら、誰にも告白できずに戦っていなのかと驚きも隠せない「ノンフィクション」に、読み始めたら読破間違いなしの良書です。
フード界のファンタジスタ
多くの経営者とも交流が深く、愛されている松村氏、知らなかった自分の不勉強をが身にしみます。「100店舗100業態」を掲げ、病魔と闘いながら達成。その後、若年性パーキンソン病を自らの社員に告白し、小松氏の取材を経て本書の上梓に至ります。この「100店舗100業態」がとんでもなく凄いことなんだということは、本書のわかりやすい説明もあり、理解できました。
「100店舗100業態」とは
レジェンド級の偉業を成した過程にある、ベンチャー的な苦しみと喜び、松村氏の天才的な着想に熱意。ビジネス書としても学ぶ箇所が大変に多く、ひたすら本にマーカーを引くばかりでした。
圧倒的な成果を産んできたビジネスの進め方
ビジネスにおいて、自らがプロを自認する業務があると思いますが、研究をかかさずに自己をブラッシュアップしていますか。インプットしていますか。とても基本的なことだと思いますし、ともするとこの作業が楽しくて仕方がない人が「業界の天才」になっていくのかもしれません。
クリエイティブは目から
情報収集を欠かさない、そんな単純なことに思えますが、その質、量へのコミットは意外と誰もが出来ているわけではないのかもしれません。外食業界のみならず、金言になりますね。
まるでスティーブ・ジョブズ
また取締役になる河内氏からは、松村氏においてこのようなレビューもあります。
この「理系と文系の交差点にいる人間」という表現は、スティーブ・ジョブズがそうであったと自伝書で語られており、才能に嫉妬したもの。それがまさか、この本の中でもまた同じ表現に出会うとは。
基本的に人に任せるスタイルの松村氏の経営スタイルは、こんなところからも汲み取れます。ああ、私はこんなスタイル出来ていないな、もっと縛ってしまって社員の才能もやる気も引き出せていないかもしれない。
流行るお店の発想法
外食業界に携わるものとしては、こんな一言も金言になるのでは。いや、外食業界のみならず、あらゆるビジネス創造におけるヒントになるかもしれない。先に安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生の記事をアップしていましたが、こちらの安田社長も、業界の常識を破った「逆張り意思決定」をしていたっけ。
例えば、ということで六本木「わらやき屋」の事例もでてきます。ここも、ダイヤモンドダイニングとは知らずに何度か利用した店舗です。
この店の一番の売りは、土佐料理の王道である「かつをのたたき」と藁焼きのパフォーマンスだ。本場・高知にもない、日本一と言っても過言ではない巨大な藁焼き場を店内に作り、藁に火をつけ、ダイナミックに火柱をあげ鰹を焼くという、昔ながらの調理法を客に見せた。
外食産業へ関心をもったきっかけが、サイゼリアだった
さて、なぜ松村氏が外食産業を志し、また情熱を注ぐことができたのか。本書にはその分析にもしっかりと分量が割かれており、見応え満点ですが、少し見てみると意外にも「サイゼリア」が出てきます。
私が松村にそう聞くと、彼はきっぱりと言った。「私の外食の原点。それはサイゼリヤです!
そして、外食の世界で最初に尊敬し、目指したのは当時のサイゼリヤの社長で今は会長の正垣泰彦さんでした」
サイゼリヤから始まったレストランへの憧れは、松村に長いワインディングロードを歩ませることになる。「本当に人生、何が起こるか分かりません。もしサイゼリヤに出会っていなければ、ダイヤモンドダイニングも、100店舗100業態もあり得なかったと思います」
才能が開花する出会いには嫉妬してしまいます。
松村氏を襲う苦悩、悪夢
ノンフィクションのビジネス書の醍醐味は、他人の「苦労」も疑似体験できることですよね。吐き気のするような絶望的キャッシュフロー、全身を焦がすような資金繰りなんて、本の中だけにして~って思ってしまう。しかし絶望の淵から挽回する様子を見ては、勇気が与えられるものです。
決して順調ではなかったダイヤモンドダイニングの創業期からの「苦労」をいくつかピックアップします。
スタッフとの衝突や人間の引き起こす問題
松村と河内が街を歩けば新しい店ができる。あまりの忙しさに河内の仕事が社内で疎まれるまでになっていた。
私も経営者の端くれですが、人の問題がもういやだ。こんなことが起きるって考えただけでも、新しいビジネスを興す気が失せますね。でもこれがTHE 経営って感じですかね。リアルですね。
銀行とのバトル、キャッシュフロー
銀行との取引も、出来ればやりたくないのだが、ダイヤモンドダイニングも銀行とのやり取りには辛酸を嘗めさせられていたよう。その後、資金調達に成功し、銀行に一括返済を叩きつける様も描かれており、気分もスッキリしました。
給与に関する立派な信念も描かれています。
東日本大震災
東日本大震災では大ダメージを蒙ります。まだこの時、誰にも病気を明かしていない段階ですから、人知れず時を刻むタイムリミットの中、「店舗の撤退」の意思決定をする様は、心臓が握りつぶされそうな感覚にもなります。
松村はこの時期こそが、ダイヤモンドダイニングにとってのターニングポイントだと感じている。「今後、ダイヤモンドダイニングが50年、100年と続いていく中で、この試練の時期が、クローズアップされることは間違いないと思います。事業というものの脆さを教えられ、逆風を乗り越えるための胆力と、今に見ていろという気勢を自らに与えたのが、この時期でした」
若年性パーキンソン病の告白
さて本書では、教科書では得られないリアルな経営の実態を垣間見、トンデモ戦略にビジネスアイデアのヒントさえ得られるなか、それらが若年性パーキンソン病との戦いの中にあった、という壮絶な時系列になるわけです。
カウンターに置かれた手を拳にしてぎゅっと握ると、声が震え出した。「告知を受けてから8年ほどになります。ご存じの通り、パーキンソン病は原因不明の難病で、完治のための治療法も、現在のところはありません」
表情がわずかに歪むと、両の瞳から涙が溢れ出した。思わず目の前のおしぼりを取って涙を拭い、目の縁を赤くしてこちらを見たその人は、静かに深く頭を下げた。「これまで、ずっと病気のことを黙っていてすみませんでした。何度も言おうと思いましたが、社員にも、友達にも話していないことを告げて、ご迷惑を掛けては……と、そう思っていました」
隠し通せないほど症状が進行していた
病院の診断によると、5年の猶予の後に症状が如実に現れるとのこと。実際には6年目から8年目にかけて症状が進行し、株主にも取引先にも「おたくの社長は酔っ払っているのか?」等と責められる度、秘書や側近のスタッフがフォローをしていたという。想像を絶するシチュエーションに、読後感を言い当てる表現がなかなか見つからないものです。
自問自答
彼は自らの心の動きを繊細に覚えている。「もちろん、酷い落ち込みはありました。この病気の残酷さは、見た目の酷さです。じっとしていることができず、さらに反動で硬直した体では寝返りを打つこともままならない。日常生活を送るだけで背中や腰には激痛が走るようになります。だんだん痛みにも慣れていきますが、手足が揺れ続けている時間、その反対に動けない時間、繰り返し自分に訪れた運命を思うんですよ。なぜ、自分なんだ、と……。なぜ自分がこの病気に選ばれてしまったのか、と……」
支えてきた社員のリアクション
本の出版に際し、幻冬舎の見城徹が立ち会い、一連のカミングアウトを受けた際には、同席している社員へのリアクションも描かれています。私的にはこの辺が、胸にこう、ぐっときたところです。
河内が短く答える。「病名を聞いたのは今日が初めてですが……はい、大丈夫でした。病状が進んでも松村は松村のままでしたので」
堀も、黙ったまま大きく頷いている。
見城は、声を震わせていた。「何も聞かず黙ったまま、変わっていく松村を支えてきたのか……」
頷く二人を見ていた松村は、震える手で目頭を押さえた。「私以上に、社員が大変な思いをしてきました。でも、一度も不平不満を言わず、仕事を続けてくれました」「松村、素晴らしい社員に囲まれているな。良い会社を作ったな」
本書では上記の部分は冒頭に出てきます。「自分は、そんないい会社は作れていないな。」と、社員の信を集め支えを得る松村氏の人格を知り、同時に、少しでもヒントを貰い自己に役立てられる部分はないかと、本書を読み進めるエンジンにもなる箇所でした。
診断されたことをきっかけに「100店舗100業態」を掲げる
さて、才能に溢れる松村氏が、なぜ「100店舗100業態」を掲げるに至ったのか。病気があったから今日の成功があったのでは、とも、少し思わせる部分があります。
自分に明確なタイムリミットを設けて仕事をしていますか。四半期の目標があり、日を追って仕事をしていても、命がかかっている松村氏に比べたら、大したことないんじゃないかな自分、と思えてしまうのです。
松村氏は5年というタイムリミットをもって、具体的なビジョンを掲げ会社の行き先を定めるのでした。
熱狂宣言
絶対に負けない、そう胸に誓い、自分と戦い続ける。世に問い、証明し続ける。そんな熱い仕事ができているか。本書を作品として楽しむことだけでも、数回読んだだけで味わい尽くせない深みや発見があるのに、さらになんだかハートに火が付くような。
松村の声にならない声は、強さを増した。「俺は誓う。自分が存在する限り、たとえ何が起ころうとも、屈しない。必ず、熱狂を起こし続ける!」
静寂の夜明けにたった一人で行う「熱狂宣言」。それは、松村にとって命と向き合った神聖な一刻でもあった。
自分は何を賭けて熱狂していこうかな。ひたすら自分を褒める自伝本とは違い、この本の出版自体にも彼の人生を進める役目があるからこそ、心が揺さぶられる読書体験を得ることができます。この「THE READING EXPERIENCE」が一人でも多くの人に共感してもらえるといいな。
安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生(書評/レビュー)
「自己啓発本でもなく、教科書でもないビジネス書」すなわちノンフィクション的な自伝、身を焦がすリアルな体験が味わえる本を好む私にとって、 【安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生】はまた手に取らざるを得ない良書と言えます。
全くの経験ゼロ、たった一代で年商3000億円、東証一部上場企業を創りあげた安田氏がその破天荒な人生を振り返る自伝本。「三越伊勢丹超えの衝撃」「26期連続増益」とも言われるドン・キホーテの裏側を知ることもできる本書。
ビジネス書好きにとって面白くないわけがありません。
自伝なので多少の自己肯定は当然の中、 29歳までギャンブルで生計を立てていたという話は、なにやら勇気を与えてくれます。
起業を志した理由は、高尚なものでなくてOK
起業をする時、「ビジョナリー・カンパニー」「孫正義本」などをよく読む人にありがちなのが(私もそうだったのが)なにやら大志を抱かなければいけないのではないか、という錯覚があります。
その大志とビジネス的なポイントが一致しているほど、人はきっと着いて来るし、そうでなくてはならないのではないかと。もちろん、そのほうが良いケースもたくさんあるのだと思いますが、ドン・キホーテにおいては違ったということ。
だが、めっぽう負けず嫌いの私は、その現実を受け入れられない。「どんなことになっても、こいつらの下で働く人間にだけは、絶対になりたくない。ならば自分で起業するしかない。ビッグな経営者になって、いつか見返してやろう」 そう固く心に誓ったのである。この決して高尚とは言えない、ごくごく私的な情念と決意が、私のビジネス人生における原点だ。「えっ、起業を志した理由は、たったそれだけですか?」と、よく人に聞かれるのだが、これがすべてなのだから「そうです」としか答えようがない。
さらには、29歳まで麻雀をして暮らしていたというのだから、「なんだか早咲きでないと成功でない」といった雰囲気も漂う中、幾ばくかの勇気も与えられるものです。また、ドン・キホーテを語るに欠かせず、本書でも度々出てくるのが「ナイトマーケット」の存在。1990年頃から、コンビニとドン・キホーテだけが圧倒的な成長をすることができたわけだが、腐らずに考えぬいて自分の感性を信じた(本書では「知識も経験もないから自分のみを信じるほかなかった」)からこそとも言えるのでは。
もっとも、当時のそんな体験が、のちにドンキの仕事で大いに役立つことになる。
うらぶれた気持ちで夜の繁華街をあてどなくさ迷いながら歩いた経験から、私には夜の街を漂流する若者たちの気持ちが痛いほど良くわかる。深夜市場の開拓や、ひとりで夜の街を徘徊する人々の心の襞に触れるドンキ流マーケティングを確立できたのは、当時の体験あってこそだ
このような体験から、政策的な提言もいくつか行われていて、気になったのはこちら。
だから自治体なども、どんどん祭りを開催すればよい。縁日の屋台なども排除せず、あえて猥雑感のある夜祭りを盛り上げれば、周辺商店や飲食店の売上も増え、また男女の出会いとその交際需要等も喚起されるから、それによる関連(?)消費がさらに増え、最終的には少子高齢化の解決にもつながるかもしれない。そうなればまさに一石が二鳥にも三鳥にもなろう。
いずれにせよ、今の若者は祭りに飢えているのではないか。たとえば、本来西洋の祭りであるはずのハロウィンの、近年のわが国における、あの異様な盛り上がりぶりは、いったい何なのだろう。おかげで当社も、大いにハロウィン効果を享受させてもらっているが、結局、あのハロウィン現象は、祭りへの飢餓感のあらわれと私は理解している。
独自の小売・流通業・経営のノウハウを蓄積していくドン・キホーテ
ノンフィクション・ビジネス書を読むと、よく見かけるキーワードはやはりあって、成功に欠かせない本質なのだと発見があります。本書でもやはりでてきました。
「お客様の声」を聞く
権限委譲をする
それまでの怠け者たち(失礼!!)が一変して、勤勉かつ猛烈な働き者集団と化したのには、もう一つ理由がある。
権限委譲によって、仕事が労働(ワーク)ではなく、競争(ゲーム)に変わったからだ。社員同士で競いあいながら、面白がって仕事をするようになれば、以心伝心でお客さまもそれを面白がり、店は一気に熱気と賑わいに包まれて行く
権限委譲のルールを定める
・タイムリミット(必ず一定の時間内に終わらなければそもそもゲームにならない)
・最小限のルール(ルールが多くて複雑なゲームは分かりにくくて面白くない)
・大幅な自由裁量権(周りから口を出されるゲームほどヤル気が失せるものはない)
流れが悪いと思ったら、責めずに守る
ドン・キホーテをビジョナリー・カンパニーにする
最初は個人的な成功を賭けて邁進したドン・キホーテ事業ですが、安田氏がドン・キホーテを永久の企業へと、公的な存在として進化させようと思った頃・名誉欲や金銭欲が満たされ視野が広がったのは「50歳頃」だと。この頃、売上1000億円、東証一部上場企業へと歩を進んでいます。
もっと正直にいうと、当時の私の〝個の欲求〟とは、もっとお金を儲けたい、もっと自分を認めてもらいたいという、いかにも俗なものであった。私は俗な欲求と羨望、嫉妬にまみれた人間だ。しかし、この俗っぽい欲求、すなわち金銭欲と名誉欲が原動力となってドン・キホーテが生まれ成長したこともまた、厳然たる事実だ。
私が本書を読んで「びっくり」したのは、この部分でした。
ドン・キホーテ創業者がビジョナリーカンパニーを読んで意思決定をしていたとは。本書では特に安田氏が読書家であることは描かれてなく、自分の経験を元に直感を信じるタイプだろうと思っていたのですが、ここでビジョナリー・カンパニーが登場。ビジョナリー・カンパニーといえば、読んだ気になってわかったつもりになっている人が多いのでは、とも思うやや高度な書籍という印象があるのですが、経営する場面場面で本棚から引っ張りだしてくるのもいいな、と思った次第です。
ドン・キホーテが実践してきた「逆張り」戦略
いくつか特徴的なキーワードが散見され、ドン・キホーテの経営の「イズム」を感じることができる本書ですが、最後に「逆張り」戦略を紹介します。
大手チェーンとの勝負を意識
小売業で言えば、どんなに個性的な繁盛店を作っても、その本質が既存業態の延長であれば、成功ノウハウはすぐ盗まれる。その上で同じ商圏に大手チェーン資本が進出してくれば、個店はひとたまりもない。
「業界常識とは「勝利者の論理」であって、「勝利のための論理」ではない。」
業界常識に従うとは、そうした先発企業と同じ土俵、同じルールで戦うことを意味する。言い換えれば、業界常識とは「勝利者の論理」であって、「勝利のための論理」ではない。だから、後発企業が先発企業のマネをしても絶対に勝てない。
ビジネスのヒントになる「疑似体験」はありましたでしょうか。顧客としてドン・キホーテによくお世話になってきた私の半生を振り返っても、「ああ、よくお金を落としてきたな」と思います。読みやすい文体に没入感も得られる本書、ぜひ手にとってください。Kindle版もあります。